札幌市・函館市の介護施設|医療と介護の融合を実現する白ゆりグループ「メディカルシャトー」

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スタッフのつぶやき

2019.03.15私生活について

ホルンと私

有料老人ホーム白ゆり美原

木村 仁美

 

ホルンと私の出会いは中学1年生の秋でした。

始めはバスケットボール部に入部していた私。今考えると、この運動神経の悪い私がなぜ入っていたのかわかりません。笑。

 

初めて吹奏楽の演奏を聴いたのは、吹奏楽部のコンクール壮行式でした。約50人での演奏に衝撃を受け、私も一緒に吹きたいと思ったのがきっかけ。気が付いたらバスケットボール部を辞め、吹奏楽部に入部していました。特に吹きたい楽器を決めていなかった私は、色々な楽器を試し吹きしましたが、最終的にホルンを選びました。その理由はというと、「厳しい先輩がいないから」でした。笑。そんな不純な理由でホルンを吹き始めた私ですが、最初の頃、音はなんとか出たものの音階を上手く吹く事が出来ず、毎日部活終わりに居残りして練習していた事をよく覚えています。ホルンは、音を変える為のロータリーというボタンが3つしかない為、唇に入れる力を微量に変える事によって3~4オクターブの音を出すのです。その感覚を覚えるまでに2~3カ月、まともに1曲吹けるようになるまでは、半年程かかりました。それでも毎日必死に練習し、吹ける音が増える度に喜びを感じていました。

 

そんな中あっという間に月日が経ち、初めて迎えた夏の吹奏楽コンクール。市民会館での舞台照明に照らされ、たくさんのお客さんの中、失敗したら先輩に怒られるんじゃないかというプレッシャーも感じながら、とても緊張したのを覚えています。笑

 

3年後、高校に進学した私はもちろん吹奏楽部に入部しました。進学した高校は工業高校。女の子が少ないから部員も少なく、音楽の授業もない為、とても良い環境とは言えませんでした。そして、その顧問の先生がとっても厳しい。笑。ですが、話を聞いていると、しっかり生徒の事を考えてくれている良い先生。いつも私の吹奏楽に対する想いにも真正面から向き合ってくれたし、何より私のホルンの音が好きだといつも褒めてくれていた先生。何気ない理由で吹き始めたホルンでしたが、この頃にはかけがえのない物になっていました。先生と過した3年間は忘れられない大事な思い出。そして部活を通じて大きく成長できた3年間でした。

 

社会人になり、私はこの介護業界に足を踏み入れました。

始めの1年は仕事を覚えるので精いっぱい。ホルンを吹けない日々を過ごしていました。

2年目になり少し余裕が出てきた頃、高校のOBの方に声を掛けてもらい、社会人の吹奏楽団に入りました。

あれから8年。私は今でもホルンを吹き続けています。

 

昨年は思い切って新品のホルンを購入。楽器は一生ものですからね。もう一生ホルンと生きていく覚悟です。笑。仕事で大変なことがあってもホルンがあると無敵なんです、頑張れちゃうんですよね。大好きなホルンと、そして音楽を語り合える団の仲間と過ごす時間が、私にとって最高に幸せな時間です。

これを読んで下さっている皆さんに、少しでも興味を持ってもらえたら嬉しく思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。